メゾン・ド・ふわふわ

エアマックス95世代。私学教職員を経て、物書きに落ち着く。洋服と自転車といぬねこが好き。ここは、お仕事とは無関係の、全くお金にならない文章を綴る場所。私の「じゆうちょう」。

自転車ブランドにおける「日本企画車」的なやつ。

 世界には様々なスポーツ自転車のブランドが存在するわけだけれど、それらのブランドが展開する自転車のラインナップは、各国で共通というわけではない。

 輸入代理店やその他諸々のアニキたちによるマーケティングの結果、主にサイズ展開等の面において差別化が図られている様子。中には、「その国のみで販売されるオリジナル商品」まで存在したりもする。

 

 Bianchiを例に挙げると、日本で展開しているクロスバイク『CAMALEONTE』『ROMA』のうち、『ROMA』はBianchiの日本輸入代理店であるサイクルヨーロッパジャパン社による「日本企画」の製品であるらしい。

 なんとなくそこがひっかかった結果、2年ほど前の私は初のスポーツバイクとして『CAMALEONTE』ちゃんを選んだわけである。

 あくまで一例としてBianchiちゃんを挙げただけで、他にも「日本企画品」が有名なブランドとしてはLOUIS GARNEAUやGIOS等が挙げられる。

 

 しかし、「~等が挙げられる」などと偉そうに書いたものの、実は私もよくわかっていない。そもそも、「日本企画車」の定義とは何なのか。どのようにして、それを見極めるのか。

 私の数少ない自転車友達であらせられる「富豪ロード野郎」ことピナレロおじさんに、そのあたりの疑問をぶつけてみた。

 

 自転車における日本企画車的なものの見分け方を、是非とも朕に教えてたもれ~。ぞなもし~。

 「相変わらず細かい事を気にするひとだね……。う~ん、そうだなあ。本国のサイトを確認してみて、そこに掲載されていなければ『そこの国の代理店による企画品』ということで良いんじゃない?」

 そんなに簡単なお話なのだろうか?

 若干の猜疑心を抱きつつも、電話の向こうから明らかに面倒くさがっている気配が伝わってきたためそこで通話を終了した。

 

 ピナレロおじさんの提唱する説を暫定的に採用した私は、とりあえず「Bianchi Italy」で検索検索ゥ~。

www.bianchi.com

 上記のようなウェッブサイトがヒット。恐らくこれが本国のアレなのだろう。早速、閲覧しちゃうぞ。

 お、向こうの「ZURIGO」は私の所有する古いズリーゴクンと同じグラフィックなのか。

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(出典:www.bianchi.com/it)

 ちなみに、ジャッポーネこと日本のサイトではこのような感じ。現行モデルでも、微細な違いがあるのだなあ。

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(出典:japan.bianchi.com

 と、ここまで興味深く閲覧してきたわけですが、私がもう少しジジイ化したら乗ろうと思って目をつけていた『MINIVERO』シリーズが、本国サイトには全く掲載されていないのであった。これでごんす↓。

 

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(出典:japan.bianchi.com)

 となると、ミニベロちゃんは所謂「日本企画」ということなのだろうか。もしそうであるならば、微妙に残念な心持ち。

 洋服の類だと、海外ブランドの「BEAMS別注」だとか「AMERICAN RAG CIE別注」等と言われるとすぐに「即買い散財モード」に突入し超絶大購入してしまう私。

 でも、なぜか自転車となると「日本の代理店別注」と言われても全く嬉しくない。

 この違いは、一体何なのだろう?

 日本企画車についてポジティブな見方をすれば、「より日本人の体形やライフスタイルにフィットさせた自転車」と捉えられるけれど、意地悪な見方をすると「そのブランドの自転車ではなく、その代理店の自転車」とも捉えることができてしまう……ような気もする。

 私は基本的に天邪鬼だしひねくれ者だし皮肉屋だし性悪説論者なので、きっと自然と後者の見方をしてしまうのだろう。

 でもまあ、このミニベロについては実物も見て気に入っているので、もしかしたら構わず購入してしまうかも。

 

 ここまで長々とああでもねえこうでもねえと書いてきたわけですが、この件についてはまだまだ謎が多くてまいっちんぐです。まいっちんぐマチコ先生です。

 そんなわけなので、そのうち某サイクルカフェで事情通自転車紳士を見つけて、「日本企画」というものについて詳しく尋ねてみようと思う。ぞなもし~。

Twitter代わりのつぶやき。1

 国政選挙でタレント議員が誕生するたびに、「どのような人たちがタレント候補に票を投じているのだろう?」と疑問を抱いていた私。最近、なんとなくわかってきた。

 大衆というものは、私が想像するよりも遥かに素直で純粋なのだ。どのような発言であれ、それを額面通り受け止めてくれる。真意や思惑を探ったり、何かを疑ったりはしないのだ。

 メディアがAだと言えばAだと思うし、Bだと言えばBだと信じる。

 テレビジョンで芸能人がニコニコしていれば、「この方は素晴らしい人格者に違いない!」と思うし、涙を流せば「なんと心の清い人だ!」と思う。

 ブランディングだとか、セルフプロデュースだとか、そんな可能性は全く考えないのだ。

 

 これは、すごいことだと思う。色々な意味で。