漸く鎖骨の痛みから解放された私は、久々のライドを愉しんでいた。
海岸線を軽く流した後、七里ガ浜近辺の防波堤に愛車のズリーゴちゃん(BianchiのシクロクロスZURIGOのこと)を立て掛け、沈みゆく夕日を眺めていた。
平日の夕暮れ。観光客の皆さんもまばらで雰囲気もよく、非常にバッチグー即ちバッチリかつグーな景色なのだ。
お気に入りのポイントで一息ついていると、後方から不意に声をかけられた。
「この自転車、なに?」
振り返ると、一人の少年がまじまじと私の愛車を眺めていた。
少年の歳のころは、小学校低学年といったところか。ディズニーのキャラクター(スティッチだかステッチだかみてぇなやつ)がプリントされた長袖Tシャツ。袖の部分は、鼻水的な何かが夕日をうけてテカテカと輝いていた。
そして、「全体的にはボウズだが襟足のみが長い」という独特な髪型をしていた。そう、昔懐かしい「ジャンボ尾崎カット」である。私は彼のことを「尾崎少年」と呼ぶことにした。
唐突な質問に困惑しつつも、私は「これはロードバイクっていう自転車だよ。速い自転車ね」と優しく答えた(正確には「シクロクロス」だが、シクロクロスと答えても話がややこしくなるだけなので、この手の話題の際は「ロードバイク」で統一している)。
「乗ってもいい?」
いやいや、足がつかないし危ないからダメだよ。
「こういうのおれも欲しいなー」
親御さんに買ってもらいなさい。
「どれぐらい速いの?」
すごく速いよ(雑な回答)。
このような問答があったのち、尾崎少年の「グイグイ感」に恐れをなした私は、場所をうつすことにした。
暫く歩き、また防波堤に腰かける私。
数分後。
「いいなー、この自転車」
聞き覚えのある声に振り替えると、先ほどの尾崎少年が私の愛車のブレーキレバーをギュッギュしていた。
流石に、ちょっと待ちたまえよキミぃ!と声をかけようとしたところ、遠くから男の声が。
「おーい!ショーヤ!行くぞー!!」
声のする方に視線をうつすと、尾崎少年の父親らしき男性が立っていた。上下黒のスウェット。胸と腰には大きな犬の刺繍(ディズニーのキャラクター?)。そして、彼の髪型もまたジャンボ尾崎カットであった。
「ショーヤ!何やってんだ!早く来い!!」
尾崎少年はジャンボ尾崎のもとへ走っていき、尾崎親子はこちらに一瞥もくれずに去って行った。
そして、彼らは駐車してあった漆黒のアルファードに乗り込み、爆音とともに走り去ったのであった。
ほっと安堵し、愛車のズリーゴちゃんに目をやると、ハンドルに尾崎少年ことショーヤの手についていたと思われる鼻水だか唾液だかの白い痕がくっきりと残されていた。
冷たい海風が、頬を撫でた。
おまけ