メゾン・ド・ふわふわ

エアマックス95世代。私学教職員を経て、物書きに落ち着く。洋服と自転車といぬねこが好き。ここは、お仕事とは無関係の、全くお金にならない文章を綴る場所。私の「じゆうちょう」。

Bianchiって、何屋さん?

 ところで、日本におけるBianchiって、何屋さんなのだろう。

 謎のロゴ入りバッグや腕時計を販売してみたり、謎の海の家を営業してみたり。「自転車屋」として築いてきたブランド力を、自ら放棄していっているように思えるのは私だけか。

 短期的な利益は見込めるかもしれないけれど、中長期的なブランディングとしてははたしてどうなのだろう。真に「自転車好き」な人々からそっぽを向かれてしまわないか、ちょっと心配。

 

 私が自転車に興味を持ったのはここ数年間のことなので、それ以前の空気感はわからないけれど、少なくとも数年前はBianchiに対して「ちょっとしゃれた、気の利いたルックスの自転車ブランド」というイメージがあった。

 ところが最近では、ブランディングの方向性を見誤り、前述のような謎のグッズ展開等に精を出したりしてしまっているおかげで、「ミーハー」「ありがち」といったネガティブなイメージが先行してしまっているような気がする(個人の感想です)。

 

 グッズ展開や多角経営によって多くの人々に認知される、ということは悪い事ではない。短期的には。

 では、中長期的にはどうだろう。本筋から離れた事業展開はストイックな自転車ファンに「中途半端なブランド」「本気感の感じられないブランド」といった印象を与えかねない。

 そして、どれほど「おしゃれな自転車ブランド」を訴求しても、それが大衆に知れ渡り、「誰もが知っているもの」となってしまうと、当初は「おしゃれ」と捉えられていたものも、一転「ダサいもの」になってしまう。

 例えば、2000年頃、一部の高感度な人々たちの間で流行っていたスターバックスコーヒーが、今やマクドナルド化してしまったように。スタバは上手に立ち回って「定番」として市場に残り続けているけれど、Bianchiが日本における「自転車の定番」として永続的に繁栄できるかどうか。サイクルヨーロッパジャパンの事業展開次第だなあ。

 

 まあね、グダグダと思いつくままに書いてきたけれど、自転車屋としてのBianchiは私にとってそれなりに愛着のあるブランドなのだよね。

 そんなわけなので、どうか舵取りを誤らずに頑張っていただきたいものです。みたいな~。

つぶやき。その2

 世間の人々は、どうやら「共感」というものをしたいらしい。

 

 他者と同じものを見て、同じものを聴いて、同じものを食べて、同じファッションに身を包んで、同じ感想を抱いて、etc...。

 そして、「私は皆と同じ価値観の持ち主ですよ」とTwitterやらInstagramやらで発信することにより安心し、そうした他者の発信に対して「イイね」をすることで心の平穏を得るらしい。

 私は幼少の頃より「他者と違う」ことを良しとして生きてきたので、昨今のこの風潮に違和感を禁じ得なかったりする。

 

 不思議な世界だよなあ。不思議な世界だけれど、皆、楽しそうでなによりだ。