メゾン・ド・ふわふわ

「かねもうけブログ」ではありません。

地獄ライド。

 10月のある日のこと、私の数少ない自転車知人(友人というわけでもない)である S 氏から連絡が入った。

 「なんか暫く晴天が続きそうですし、今週末にでも城ヶ島あたり(神奈川県三浦市)までライドとかしてみませんか?Uさんとかも誘ってみたりして。」

 「なんか」「とか」を多用するこの頭の悪そうなしゃべり、間違いなくS氏だ。ちなみに、U氏という者も私の自転車知人だ。

 本来、偏差値65を下回る学部を出たものとはつき合わない私だが、その日は機嫌が良かったため誘いに乗ってやることにした。

 


……

 

 

 そして当日。S氏、U氏、私といい年こいた三人が稲村ヶ崎に集った。

 U氏が己の車体を指差して言う。

 「見てよ!コンポを電デュラ(電動デュラエース)に換装しちゃったよ!おかげで走りが軽くてすげえ速くなっちゃったよ!」

 見ると確かにコンポの各部にDURA-ACEの文字が刻印されており、バッテリーらしきものの姿も見えた。

 たかだか国道を流す程度の用途であるにも関わらずこのような高価な部品を購入するとは、大変に生意気なやつだ。

 しかも、「コンポを換えて速くなった」だと?

 『チェーンをアルテグラグレードにしたら走りが軽くなりました!星5つです!』的な、Amazonに掲載されている中高生によるレビューみてえなやつだな。

 そう、こうした発言は中高生までなら許す。しかしいい年こいたおじさんが「コンポを換装して速くなった」だと?

 もちろん、良いコンポに換装したことによってモチベーションが向上(或いは思い込みによるプラセボ効果)し、結果として速くなるということは十分にあり得る。
しかし、客観的に考えると、コンポを交換した程度で走行に影響を与えることは殆どないだろう。

 さらに電動だと?三浦市の奥地でバッテリーが切れてシフトチェンジできず残りの行程全てインナーロウで走っとけ!

 U氏の愚かな発言に苦笑いを浮かべていると、横からS氏が「すげえ!やっぱ速くなるんすね!」と羨望の眼差しで電動デュラエースを眺めていた。

 愚か者どもめ。

 

 こうして、S氏とU氏という二人の愚者に囲まれたライドが始まった。

 

 

……

 

 

 昼過ぎに城ヶ島に到着。

 「やっぱいいよねえ、城ヶ島。海を背景に皆で写真でも撮ろうよ。」とU氏。
おじさん三人で写真だと?正気か?

 私が彼の方を見やると、既にバカみてえな自撮り棒を取り出して撮影の準備が完了していた。

 そうして、彼のくだらないInstagramアカウントに私の満面の笑顔が掲載されてしまった。

 忌々しい。

 

 

 帰路の途中、どこかで昼食をとることになった。

 しかし、三浦市という秘境にまともな飲食店などあるわけがなく、店選びに難航。

 暫く彷徨った後、「もうここでいいんじゃないすか?」。

 S氏が指さす先には、某牛丼チェーン店があった。

 そのオレンジ色の看板を見て、大学時代の不快な想い出が蘇る。

 

 幼少期より「貧民とも分け隔てなく接するべし」と言われて育った私は、大学時代においてもそのあり余る慈愛の精神でもって労働者階級の哀れな者たちとつき合っていた。

 彼らとの日々で最も困ったのが「食事」だ。

 彼ら「貧しき民」の選ぶ飲食店で供される食事は、「鎌倉山の選ばれし民」である私の口には全く合わず、毎回ゲロ吐きそうになっていた。

 その中でも最もキツかったのがこの牛丼チェーンだ。そこへ行くたびにぶよぶよスジスジの、とても肉とは言えないような謎の物質を、スーパー不味い水で無理やり胃袋に流し込んでいた。

 そして横に目をやると、労働者階級の友人たちが鼻水を流しながら「うめっうめっ」とどんぶりをかきこんでいる……。

 暫く大学時代の苦い想い出に浸っていた私だが、S氏の声で現実に引き戻された。

 

 「ここでいいっすか?」

 うん、いいよ。

 

 何故か承諾してしまった私は、20年の歳月を経て再び牛丼チェーンで謎の物質を食すことになってしまった。ゲロ吐いちゃうかも。

 店内に入ると、「イラシャイマセ」とカタコトの日本語で迎えられる。注文から1分程度で三者の牛丼が運ばれてきた。

 S氏、「うまい!」。

 いや、うまくねえよ。

 これは肉なのか?殆ど脂身とスジなのでは?不味い。

 しかし、私以外の二人が美味いといいながら食べている中で「不味い」と言うわけにもいかない。私はそこまで空気の読めない人間ではない。

 口腔内でいつまでも噛み切ることができないそれを、洗ってあるのかすらよくわからないコップに注がれた水で胃袋に流し込んだ。まさかいい年こいてこのような目に遭うとは。

 不快だ。

 

 

 牛丼により精神力を著しく消耗してしまったため、それ以降のことはあまり覚えていない。気がついたら解散場所の稲村ヶ崎に到着していた。

 

 

……

 

 

 こうして卑しき者たちとの「地獄ライド」は終わった。

 得るものは何もなく、ただ不快な思いをしただけだった。

 これだけ不快な目に遭ったにも関わらず、この年末にもライドの約束をしてしまった。ああ、嫌だなあ。

 

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