2025年7月、ぼくは京都にいた。
盆地特有のファッキン無風灼熱地獄の京都で何をしていたのかというと、不動産サイトで素敵な土地家屋を見つけたためその内覧に行ってきたのだ。
ぼくは鎌倉生まれ鎌倉育ち悪そうなヤツはだいたい友だち(このネタももはや通じない世代の方が多そうだ)な人間であり、関東文化圏以外で生活をしたことがない。大学入学から17~8年程度の間は都内に暮らしていたけれど、それも結局文化圏としてはほぼ同一だ。
それはとてもつまらないことだ。
つまらないのはイヤだなと思ったぼくは、ここ最近は地方にいくつかの中古住宅を購入しお試し生活をしてみたりしている。もちろん、ぼくはスーパー潔癖おじさんであるためフルリフォームしてからだ。知らない人々が使用していたカーペットとか洗面台とかウォシュレットとか地獄だからな!
長野、北海道に続いて最近では沖縄と京都を重点的に探している。そして、それらの中にぼくにとっての楽園があればそこにいぬねこたちも連れていって終の住処にしてもいいかななどと考えていたりして。
ここまで読んで「富豪かよ」と思う者もいるかもしれないが、決してそういうわけではない。不動産は売却すればどれほどド下手くそであっても7割程度は戻ってくるし、超上手く立ち回ればプラス収支にすることだって可能だ。なので、ある程度の元手があれば上のような試みは十分に可能だと言える。
で、今回の京都遠征の話に戻るのだけれど、結論を言うとその物件には気になる箇所がいくつかあり具体的な商談には至らなかったのだよね。やはり京都市内は住宅が密集していてぼくには向かないのかも。
しかし灼熱の京都を彷徨った挙げ句、このまま何の収穫もなく帰るのは癪だ。そこでぼくは、長年の夢である京美人による本物の「どすえ」ワードを聴いてから帰ろうと思うに至った。
そう、「どすえ」だ。
同じ関西でもドギツいソース味じみた大阪弁とは違い、京言葉はやさしいお出汁のようにはんなりと耳に心地よい。その京言葉の代表格(?)である「どすえ」を聴いてから、穏やかな心でもって帰路につきたいのだ。
そのためにはまず京美人を探さなければならない。いくら「どすえ」と言えども、見た目いい感じの女性が発してくれなければ魅力半減だ。
そういうわけでまずは京美人探しを始めたのだけれど、これがなかなか見つからない。街中どこを見ても「京不美人」や「京ふつう人」ばかりであり、「京美人」は全くもって微塵も、1ピコメートルほども存在しないのであった。
道行く女性の顔面を凝視しながら「ちょっとちげえんだよなあ」とか「惜しいなあ」などとつぶやきながら歩いているぼくは、周囲の人々の目にはさぞかしヤバいやつに映っていたことだろう。
そこでふと思い出したのが、前日に訪れた不動産会社の 受付のお嬢さんだった。
そういえば彼女はそこそこ美人と言っていい顔立ちであったような気がする。彼女に「どすえ」と言ってもらうのはどうか?
しかし、商談に至らなかった不動産会社に再度舞い戻るというのはいらぬ誤解を与えてしまいそうだ。早い話が、ぼくの気が購入希望へと変わったものと思った営業担当者が満面の笑みで登場してしまうのではないか。流石にそれは気の毒で申し訳ない。
それでもやはり、どうしても京美人による「どすえ」を聴きかったため件の不動産会社を再訪問することにした。
不動産会社に到着すると、幸い昨日と同じ美人受付嬢だった。
そもそも「どすえ」とはなにか。標準語(というか関東の語)で言うところの「ですよ」だろう。つまり、何かを質問してみればその回答の中に「どすえ」を引き出すことができるのではないか。
そこでぼくは、受付ロビーにあるあらゆるものを彼女に尋ねてみることにした。
これは何ですか?
「こちらは左京区のどこそこに建築中の分譲マンションのパンフレットになります」
これは?
「こちらは新築戸建て物件です。素敵なところですよ」
これは何です?
「……えっと、ふつうのウォーターサーバーですね」
このお嬢さん、全然「どすえ」って言わねえな。
なんかもう色々と面倒くさくなったぼくは、そのまま尋ねることにした。
あの、ちょっと、「どすえ」って言ってみてくれませんか?
「え?あ、はい。えっと、どすえ」
そうじゃなくて、例えばこのパンフレットは?
「……分譲マンションのパンフレットどすえ」
やった!!
京美人の「どすえ」、ゲットだぜ!!
 と思ったのも束の間、ぼくは彼女の発する言葉になんとなくの違和感を覚えていた。
全体的なイントネーションが微妙に京都っぽくないのである。
失礼ですが、ご出身はどちらですか?
「私ですか?鳥取のなんちゃら(聴き取れず)というところです」
……京都へはいつ頃いらしたの?
「去年の4月です」
ぼくは京都在住2年目の鳥取美人から必死に「どすえ」を聴き出そうとしていたのだ。
この一連の努力が徒労に終わったことによる虚脱感に見舞われたぼくは、挨拶もそこそこに不動産会社を後にしたのであった。
というこれを書きながら思ったのだけれど、お座敷遊び(舞妓さんとかのアレ)的なところに行けば確実だったかもな。
でも、あれって紹介制ではない一見さん可のところは「なんちゃってお座敷遊び」なのではないかという気もしないでもない。どうせならゲスい政治家や資本家が通う歴史ある本格なところに行きたいよね。
まあいいや、今後も物件探しは継続するつもりだからそのうち本当の「どすえ」を耳にする機会もあるだろう。
おわり